河内晩柑と煩悩|「食べたい」が頭を支配した話

☸️暮らしの中の仏教

訳ありの河内晩柑が届きました。
箱を開けた瞬間、ふわっと広がる柑橘の香り。

その香りに、一気に心を持っていかれます。

「早く食べたい」

そんな気持ちで、とりあえずひとつ手に取り、外の皮を剥きました。


ぐちゃ、という感触

ひとふさごとに分けようと、指を入れた瞬間――

ぐちゃ。

や、柔らかい。

中の果汁が、薄皮越しに透けて見える。

これはかなりジューシーで、
とても繊細な果実だということに、ここでようやく気づきます。

とりあえずひとつ剥いてみるのですが、

剥いている側から果汁がぽたぽたと垂れ、
中身は潰れていく。

気づけば、食べるところがほとんど残っていない。

ひとふさごとに分けようと、指を入れた瞬間――

ぐちゃ。

や、柔らかい。

中の果汁が、薄皮越しに透けて見える。

これはかなりジューシーで、
とても繊細な果実だということに、ここでようやく気づきます。

とりあえずひとつ剥いてみるのですが、

剥いている側から果汁がぽたぽたと垂れ、
中身は潰れていく。

気づけば、食べるところがほとんど残っていない。

これはさすがにおかしいと思い、
ネットで調べてみると――

「グレープフルーツのように、半分に切って食べる」

と書いてありました。

そこで、はっとします。

そういえばこれ、
“和製グレープフルーツ”って呼ばれていたような。


煩悩に支配されていた

ここで気づきました。

箱を開けた瞬間のあの香りに、
理性を持っていかれていたことに。

「早く食べたい」という気持ちが強すぎて、

本来ならするはずの
「まず食べ方を調べる」という
ごく初歩的なことが、すっぽり抜け落ちていたのです。

煩悩、恐るべし。


蓋をしたつもりの煩悩

いったん気持ちを落ち着けて、
今度はちゃんと調べようと、ネットを読み漁ります。
煩悩に蓋をして、しっかり調べるのだと自分に言い聞かせながら。

……とはいえ、

「どうやったらおいしく食べられるか」

そんなことばかりで頭をいっぱいにしている時点で、
全然煩悩に蓋はできていないのですが。


「これだ!」と思った瞬間

調べていくと、

「薄皮のまま食べてもおいしい」

という情報を発見。

よし、これだ。

そう思って、ひとつ食べてみると――

苦い。しかも、ちょっと硬い。

思い通りにいかないときの心

せっかく剥いたのに。
おいしく食べたいのに。

そんな気持ちがむくむくと出てきます。

どうにかしておいしく食べたい。
無駄にはしたくない。

気づけば、そんな思いで頭がいっぱいになっていました。

煩悩に忠実に動いた結果

そして私は閃きました。

「それならいっそ、ジュースにしてしまおう」

グラスを出し、そこに果汁だけを搾ってみると、これが驚くほどおいしい。

でも、ここでまた次の気持ちが出てきます。

せっかくお金を出して買ったのに、
果汁だけじゃもったいない。

なんとかして、全部使い切りたい。

そうして今度は、搾りかすから果肉を削ぎ落とし、
徹底的に使い切る。

その結果――
ものすごく贅沢なジュースができました。


贅沢すぎるという感覚

おいしい。とてもおいしい。

でも同時に、こうも思いました。

「これ、毎日は飲めないな」

無駄なく使い切ったはずなのに、
“ジュースにする”というだけで、
どこか贅沢に感じてしまう。

結局また、
そのままおいしく食べる方法を考え始めている自分がいます。


煩悩は悪いもの?

今回の一連の流れを振り返って思いました。

おいしく食べたい。
無駄にしたくない。

これって全部、「欲」、つまり煩悩です。

でも、この煩悩があったからこそ

どうすればいいか考えて、
試して、工夫して、

結果として、
とてもおいしい食べ方にも出会えました。

人間の暮らしもきっと同じで、

もっと楽に過ごしたい
もっと良くしたい

そんな思いがあるからこそ、
発明や工夫が生まれて、
生活は豊かになってきたのだと思います。


煩悩があるからこそ

仏教では、煩悩は苦しみの原因とも言われます。

確かに、思い通りにしたい気持ちが強くなると、
うまくいかないときに苦しくなります。

でも同時に、

煩悩があるからこそ、
嬉しいも、楽しいも、感じられるのではないでしょうか。

もし何も求めなければ、
そこには満足も不満も生まれません。


捨てるのではなく、気づく

煩悩は、なくすものではなく、
気づいていくものなのかもしれません。

「ああ、今こう思っているんだな」
と少し引いて見てみると、

振り回されていた心が、
少しだけ落ち着くことがあります。


河内晩柑が教えてくれたこと

今回の河内晩柑との格闘は、

思い通りにしたい心と、
どう付き合っていくかを考える時間でした。

煩悩は、私たちを苦しめるものでもあり、
同時に、前に進ませてくれるものでもある。

だからこそ、
無理に捨てようとするのではなく、

うまく付き合いながら、
日々を過ごしていけたらいいなと思います。


まとめ

おいしく食べたいと思う気持ちも、
無駄にしたくないと思う気持ちも、

どちらも大切な心。

その心に振り回されるのではなく、
少し距離をとって見つめてみる。

そんな小さな気づきを、
河内晩柑が教えてくれました。

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