人との関係って、近ければ近いほどいいものだと思っていました。
家族は仲がいい方がいいし、
わかり合えている方がいいし、
何でも言い合える方がいい。
でも最近、それだけでもないのかもしれないと思うようになりました。
距離がある方が、うまくいく関係もある
以前、ある話を聞いたことがあります。
仏教の僧侶の奥さんと、キリスト教徒のご主人の夫婦。
宗教がまったく違うのに、どうしてうまくいくのかと聞かれて、
「これくらい違う方が、かえってうまくいくんです」
と話されていたそうです。
距離があるから、
無理に同じにしようとしない。
違いをそのまま受け止められる。
逆に、少し近いと、
「うちはこうだから」
「いや、こっちはこうだから」
と、張り合ってしまう。
その話を聞いたとき、
なんだか妙に納得したのを覚えています。
近い関係ほど、「私が」が出やすい
たとえば台所のような場所。
同じ家のごはんを作り、
同じ空間で動き、
同じ役割を担っている。
そういう場所では、
「私のやり方」
「私の段取り」
「私がこうしたい」
という気持ちが、どうしても出やすくなります。
同じ立場に立つからこそ、
違いが気になり、ぶつかりやすい。
近い関係ほど難しいというのは、
こういうところにもあるのかもしれません。
小さな出来事の中にある距離感
先日、お寺の行事でお弁当を作ることがありました。
その中で、春の勝山水菜を使って、からしあえを作ることになりました。
私は無意識に、
茹でた菜花にそのまま調味料を入れようとしていました。
でもそこで、
「それは先に混ぜてからの方がいい」
と教えてもらいました。
言われてみれば、その通りです。
その方がきれいに仕上がるし、味も均一になります。
こういう小さな場面でも、
やり方の違いは出てきます。
でも、それがぶつかり合いにならずに済むのは、
全部を取りにいかない距離があるからなのかもしれません。
実母との関係を思うと、やっぱり距離なのかもしれません
こうして考えてみると、
これは特定の関係だけの話ではない気がします。
たとえば、実母とはよくぶつかります。
仲が悪いわけではありません。
むしろ、なんだかんだで仲はいいと思っています。
でも、衝突の数でいえば、
やはり多い。
それはたぶん、
近すぎるからなのだと思います。
親子だから遠慮がなく、
思ったことをそのまま言ってしまう。
それでも関係が続くのは、
親子という強さがあるからかもしれません。
ちょうどいい距離があるから、尊重できる
一方で、少し距離がある関係では、
相手に対して自然と一歩引いた見方ができます。
全部をわかろうとしない。
全部に踏み込まない。
その分、
「そういう考え方もあるのかもしれない」
と受け止めやすくなる。
近すぎると気になってしまうことも、
少し離れると、気にならなくなることがあります。
そう考えると、
人は、少し距離がある方が、相手を尊重しやすいのかもしれません。
うまくいく関係は、お互いに距離を探っている
たぶん人との関係というのは、
- 近すぎても苦しくなるし
- 遠すぎてもつながりがなくなる
その間のどこかに、
ちょうどいい距離があるのだと思います。
そしてその距離は、
最初から決まっているものではなく、
お互いに少しずつ、
探りながら見つけていくものなのかもしれません。
近づくことだけが、やさしさではないのかもしれません
人との関係では、
近づくことが良いことのように思われがちです。
でも実際には、
近づきすぎないことも、
ひとつのやさしさなのかもしれません。
全部をわかろうとしないこと。
全部に踏み込まないこと。
その中に、
相手を尊重する余白があるのだと思います。
まとめ
人は、少し距離がある方が、相手を尊重できるのかもしれません。

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